2009年07月24日

失踪しようかと本気で思った

今日も親父が入院している病院へ行った。

親父はほとんど寝たきりなので、小便の世話をした。

新聞買ってこい、とかいろいろ用事を親父はわたしに頼む。

突然ナースコールをしたので、なにかと思ったら、腹が痛いという。

看護婦が応急措置をしようかといったら「そんなのではなくて根本的に診てもらわないと困る」といいだした。

それで担当医が来たが、なんのことはない、下剤の飲みすぎで腸が動きすぎているだけだった。

担当医が、そのとき退院後の準備をそろそろといった。

いまの法律では3ヶ月以上入院できないからだ。

それで病院のケースワーカーがやってきた。

いろいろと話していると親父が費用のことを言い出した。

ケースワーカーが12万円ぐらいはかかりますといったら、親父が愚痴をたれはじめた。

そしてケースワーカーが帰ったあと、わたしにいった。

「おれ一人だけなら大丈夫なんだぞ。でもおまえたちの生活があるべや」

わたしはカチンときた。親父の意識では、わたしと母はただの余計者らしい。

たしかにわたしは自立できていないから、余計者ではある。

しかしわたしがいないほうが、親父にはいいというふうにも受け取れた。

以前は「お前なんて寄生虫だ」とののしられたこともある。

そんなに邪魔ならいなくなってしまおうかと本気で思った。

なんにも持たないで、どこかへ行ってしまうのである。

1週間ぐらい飲み食いしなければ、のたれじぬだろう。

どうせわたしもこれ以上生きていても仕方がないと思うし。

明日は地元の夏祭りのイベントでアトラクションを依頼されている。

それが終わったら、どこかへ行ってしまおうと考えた。

ところが知り合いから電話がかかってきて、頼みごとをされた。

そういうこともあるかと、やや思いとどまった。

こんなわたしでも頼りにされることもあるのだった。

まだのたれじぬのは早いようだ。

しかしいまの気分は最悪ではある。

posted by 21世紀中年 at 20:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月23日

17 17年も精神病院に通っているけれども

27歳のころに精神病院に連れていかれてから、もう17年だ。

一度治りかけたが、急に悪くなって、一時期は歩けなくなるまでになった。

5年前には死にかけて入院した。どうなることやら。

働けなかったわけでもないが、また発狂するかもしれないと、恐くて就職をためらった。

もう44歳になってしまった。この年になって親に面倒をみてもらっているのだから、恥ずかしい話だ。

恥ずかしいけれども、どうにも身動きがとれない。

このままだと生きていくには、生活保護を受けるしかないだろう。

しかし自分はあと何年生きるのだろうか?

17年も精神薬を飲んできたから、副作用で長生きできないような気がする。

寝る前にこのまますうっと死なないものかと思うこともある。

そのほうが幸せかもしれない。

死んだほうがましというのはこういう状態だろう。

実際精神病の悩みで1年に1万6千人が自殺しているらしい。

自分もその中に入ってもおかしくないわけだ。

でも自殺さえできなくて今日まで生きてきた。

親父は長いことないだろう。

いままで親父の年金で食わせてもらってきたようなものだ。

いったいどうするんだ?

そういえば昔から同じ事をいわれつづけてきた。

「おまえ、どうするつもりなんだ?」と。

要するに働いて自立しろということなんだが。

しかし44歳にもなってろくな職歴もない。

雇ってもらいたくても、この不況だ。アルバイトさえなさそうだ。

それに精神病院に通っています、なんていったら、まず雇ってもらえない。

自営業ならいいかもしれないが。

ああ、煮詰まる。

でも最近開き直ってきた。

いつ死んでもいいやなどと思うようになってきた。

特にこの世に未練はないし。

こういうことを、幸福な人間は考えないのだろう。

自分は不幸の真ん中にいると思う。

けれども、ふりかえってみて、そんなに不幸ばかりだったろうか?

そうでもなさそうだ。

なんでも得失があるものだ。

不幸と幸福は人生で半々なんだろう。

ホリエモンを見ているとそんな気がする。
posted by 21世紀中年 at 17:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

心労でまいりました

しばらくアップしてませんでした。

日記ということなので、毎日書くのがいいとは思うのですが。

最近心労が重なって、書くための精神的余裕がなかったのですね。

心労というのは病気のことと、経済的なことと、親の健康のことなのですが。

いまは少し楽になりました。

つらい気持ちを抑圧せずに、そのまま表現してみたら、効果があったようです。

あの時は体がぐったりして、床にねそべって、三時間ぐらいそのままでした。

ところがふと楽になったのです。

そのとき思ったのですが、マイナスの感情をあまりに抑圧するのは考え物かなと。

ときにはしっかり表現したほうが精神衛生にはいいようです。

これは精神分析やセラピーでもいわれていることのようですし。

もちろん犯罪をやってはいけないのですが。
posted by 21世紀中年 at 10:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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