2013年01月29日

報告 父は意識戻らず 脈絡ありませんが自作の詩を発表してみました

まず報告しますと、父はまだ意識を取り戻していません。

なんのことか解らない方のために、解説しますと、私は先週、父の意識が昨日つまり1月28日に戻るというお告げを受けたのでした。

しかし実際にはそのとおりになりませんでした。

この事実を私がどう解釈するかといえば、つまり自分の妄想だったのだろう、ということになります。

というのも、バール・クリシュナ・フミオさんから、インド哲学の指導を受け続けて、知的にも信仰においても、クリシュナは存在し、確かに根源者の根源者、全宇宙の支配者にして、創造者と思うからです。

また、先週の月曜日には、一度心肺停止に陥った、父の目が開くというお告げが、現実化したのでした。

私の精神障害も、どんどん改善されています。

といっても、フミオさんとスカイプで、普通の話をしているだけで、しかも無料なのですな。

まあ、私もクリシュナへの礼拝と、先祖供養を毎日やったりしているわけですが。

今回のことで、クリシュナの実在を否定したい方を、無理矢理説得しようとは思いません。それぞれご意見があるでしょうから。

私としては、自分の身に起こっていることは、実証の一例だと考えます。

ところで、話は飛びますが、今日は自作の詩を披露しようかと思います。私は新聞の文芸欄に何回も入選している詩人なのです。プロでないし無名ですがね。


人間の場


音楽が鳴り響く時
虚ろな魂は束の間の目覚めを
旋律に触発されて迎える

全ては夢の中の出来事とはいえ
身体には血液が流れている
夢と現実の狭間で人間は
妄想に似た生を送っている

確かに物事は思い通りにならない
厳密な因果法則に貫かれている
だが現実を見るならば
人間はもっと自由に考え行動している

例えば詩を作ることにしても
因果法則からは説明できない
因果を超えたものがある
おそらくそれは神と呼ばれる何か

人間に特権があるかどうかは解らない
ただ人間固有の生はあるようだ
それは妄想ではないだろう
もうひとつの現実、それは真実
精神と魂が生きる場

こういうものを書くからには、自分は哲学詩人という、あまりいない人間らしいですな。

インド哲学、やはりいいですね。


インド哲学に、興味を持たれ、学んでみたい方は、ぜひにそうすることをお勧めします。

以下、バール・クリシュナ・フミオさんのブログからの引用です。ご本人の許可を受けてます。


スカイプでバガヴァット・ギーターの無料指導を致します。
アドレス balkrishna75
我こそはと思う方は、お気軽にコールしてください。

覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。

バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。

私は宗教団体には一切入っておません。

全て独学でギーターを身につけました。

私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず

私はその人の、自主自立、独立自尊を尊重します。

人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。

バール・クリシュナ・フミオ

ブログのURLhttp://ameblo.jp/balkrishna/
posted by 21世紀中年 at 19:52| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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